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2011年3月

2011年3月16日 (水)

高慢と偏見は人生の損

なんか今日は社会派になっちゃってるんでもうひと言ふた言。

大学の頃(ものすご遥かなる昔(^ ^;))、彼氏がひさしぶりに
中学時代の友達に会うというんで一緒についてって、今はなき
新天町のUCC上島珈琲の直営カフェ~で昼ごはんしたん。

はじめて会う彼氏の友達はその頃の福岡天神ではまず見ない
丸刈り頭も異彩を放つこわもての海上自衛隊員だったんだけど、
個人的にうちの伯父さんも福岡は春日の連隊にいるせいもあり
「自衛隊たいへんですね~」「上陸のお休みはいつまで~?」
なんて、ごくごく普通にお話してたんだけど。

その人、突然下向いちゃって、…しばらく黙ってたかと思うと
「ねぇS男(彼氏の名前)、ここおごらして。俺嬉しいっちゃん!」
などと言い出したのでわたしも彼氏もビックリして「どうしたと?」
と聞くと、やおら顔を上げてこう言った…
「自衛隊員ってだけでつめたい目で見られてばっかなんよね。
 おまえたちが普通の人間としてあつかってくれるのが嬉しい」
あの友達(あとにも先にもあの1回こっきりの出会いだった)の
表情と声が忘れられません。

自衛隊の皆さん、ほんとにありがとう。あなたたちのがんばりに
報いるような国民であり続けねばと思っています。

話ついでにその身内の伯父さんは今は自衛隊除隊してるけど、
ギリギリ兵隊にとられる齢で終戦を初年兵として広島で迎え、
そのまま広島県民のおばさんと恋に落ちて彼女を九州に連れて
帰ってきて…いまは福岡某所で平穏に暮らしてます。
おばさんは広島出身というだけで「ひばく」といわれ差別を受ける
こともあったよう。でも、おばさんもその子のいとこ達もその子も
みんな元気で健康そのものやけん! ♂のハゲは家系だし!
半減期待たずにみんな広島の牡蠣や長崎のもの食べてたくせに
ラドン(ラジウム)温泉くらいの放射線量でいろいろ言うなよ!

高慢(わたしは他の人より高級な生物と信じ込む思いあがり)と
偏見(自分だけの狭く浅い経験から推し量り優劣をつける)は
無闇に視野を狭める人生の損そのもの。だとわたしは思います。

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THE SHOW MUST GO ON 〔再び〕

東北関東大震災。
思いもかけなかったできごとに言葉も出ない――そんな朝。

Youtubeで震災2日目にして助けられたおじいさんを観た。
水も食料もない自宅の2階で険しい表情で外を見ていた、
その顔に、自分のほうに向かってやってくる救助の自衛隊員
(彼らの獅子奮迅ほんとうに感謝。頭が下がります)の姿を
認めた瞬間みるみる光が差し、すばらしい笑顔で救出された。

大丈夫ですか?とマイクを向けるテレビ局の取材に、おじい
さんは力強く「大丈夫、大丈夫!」とうなずき、こんなことを。
「チリ地震の(津波被災)経験もあるし、また再建しますよ!」

心強いその言葉に、こちらが元気をもらって涙しました。

そうやん。再建せないかん。かならず、かならず。
THE SHOW MUST GO ON――
何があろうと、我らの人生は続くのだから。

以下、好きな詩人三好達治の終戦翌年の詩をご紹介します。

涙をぬぐつて働かう     丙戌歳首に

みんなで希望をとりもどして涙をぬぐつて働かう
忘れがたい悲しみは忘れがたいままにしておかう
苦しい心は苦しいままに
けれどもその心を今日は一たび寛がう
みんなで元気をとりもどして涙をぬぐつて働かう

最も悪い運命の台風の眼はすぎ去つた
最も悪い熱病の時はすぎ去つた
すべての悪い時は今日はもう彼方に去つた
楽しい春の日はなほ地平に遠く
冬の日は暗い谷間をうなだれて歩みつづける
今日はまだわれらの暦は快適の季節に遠く
小鳥の歌は氷のかげに沈黙し
田野も霜にうら枯れて
空にはさびしい風の声が叫んでゐる

けれどもすでに
すべての悪い時は今日はもう彼方に去つた
かたい小さな草花の蕾は
地面の底のくら闇からしづかに生まれ出ようとする
かたくとざされた死と沈黙の氷の底から
希望は一心に働く者の呼声にこたへて
それは新しい帆布をかかげて
明日の水平線にあらはれる
ああその遠くからしづかに来るものを信じよう
みんなで一心につつましく心をあつめて信じよう
みんなで希望をとりもどして涙をぬぐつて働かう
今年のはじめのこの苦しい日を
今年の終わりのもつと良い日に置き代へよう

被災された方々の一日も早い回復と復興を願います。

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