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2011年6月13日 (月)

【アートと】青木繁展その2【スキャンダル】

きのうにひきつづいて青木繁の私生活に迫ります(笑)。

隠し子の母親たねちゃんは、栃木に帰ってからどうしたかと
いうと、こどもを父親の籍に入れてもらって(つまり弟にして)
別の男性のもとに無事縁づき、お嫁入り後たくさんのこども
に恵まれて80代まで元気にしあわせにくらします。

隠し子の幸彦は、どうもたねちゃんが実の母であることや、
自分の父親が青木繁だったことを、一本立ちして尺八演奏家
になるまで知らされなかったもよう。

↓こんな感じの「美談?」として、後の大正時代の大衆雑誌に
  取り上げられてました(これも展示されてた)。

Zassi

青木繁が実の父親であることをはじめて知って、彼の墓前で
涙ながらに尺八を演奏しその菩提をとむらう…という内容。

…で、たねちゃんと幸彦、のちの蘭童氏は晴れて親子として
名乗りをあげてからはとてもいい関係であったとのこと。
なんかほっとしました。

きのうも書いてましたが、未入籍の恋人の家に居候するくらい
なので、本当に極貧生活…というのも、なくなるまで青木繁は
一度も働いたことがなく、当然定収入がないので家も借りられず
比較的裕福な友達や知り合いの家を泊まり歩いてはその家の
家長の肖像画を描かせてもらうことでかろうじて喰っていた状態
だったようです。セオリー通り描いた肖像画も結構ありました。

なかでも、いちばん世話になったっぽいのは同郷久留米出身の
梅野満雄さん。自身は早稲田を出て教師として身を立てる一方、
一番の親友としてしばしばお金を工面していただけでなく、青木
がなくなると、同じ久留米出身の画家坂本繁二郎(この人も有名)
や詩人の蒲原有明など友人グループと連名で遺作展覧会を開催。
その後、実家の田畑を売り払って遺族から作品を買取り、散逸を
防いだそうです。

今回の展示作品には、そのコレクション=現梅野記念絵画館から
の貸出作も、デッサンから油彩までたくさん。
しかも、保存もよくとても重厚ないい額がついていて、いかに二人が
良き友人であったかが伝わりました…。

そうそう、代表作「海の幸」も、これはブリヂストン創業者石橋さんが
絵画を収集するきっかけとなった作品なので、とっても気合の入った
すばらしい額(この作品のためにデザインされた木彫オリジナル)が
ついてて、作品のテーマと響きあいその価値をさらに高めています。

Gaku

画集やバーチャルでは額とのハーモニーは味わえないので、興味の
あるかたはぜひ石橋美術館で実物をどうぞ☆

おまけその1。

死のひと月前、梅野満雄に宛てた書簡(絶筆=梅野記念絵画館蔵)
を抜粋して紹介。

今暫くだ、桃の花さく頃は僕の健康には最も適当の気候で、
君!僕は衰残の躯を提げて都門に入るつもりだ。そして幾何も
無い剰生の限りを聊か意義あらしめやうと力めて居るのだ。

実際には、桃の花の咲く頃に病勢が増し、桜の季節目前に
世を去っていることを思うと――悲しみが心に残ります。


おまけその2。

「わが国は 筑後の国や 白日別(しらひわけ) 
               母います国 櫨(はぜ)多き国」

…これは青木が関東に暮らしていて、遠く故郷をうたった和歌。
 照葉樹の多い九州の、光に満ちた大地への誇りと望郷、
 そしてお母さんへの思慕がにじむ、個人的に大好きな歌です。

櫨の木は久留米藩が特産品の和ろうそくの原料として筑紫川沿いに
さかんに植樹し、筑後ハゼの名で有名だったそうで、いまもたくさん
の木が残っています。

Haze
http://iyashi.midb.jp/place/99より「西日を受けて耀くハゼ並木」


↓拍手ボタンつけてみましたm( _ _ )m

 

【関連サイト】
東御市梅野記念絵画館
http://www.umenokinen.com/

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